知らない間に潜入取材されていた
ある日、いつものように開店準備をしていると、常連客の一人から電話がありました。
「三千浦さん。雑誌を見たか?」。
そう言われても、マスコミに縁の無い当店には心当たりがあるはずもありません。
早々に開店準備を切り上げて、本屋で雑誌を買って戻ると、そこにはモザイクが入っていても見間違えようもなく、当店の外観や働く女性たちの写真が載っていたのです。
そして、私が一番悲しかったのは、その潜入取材のタイトルが「ぽっちゃりソープで働く異形の女性たちに密着取材」であったことです。
内容に関しては、話にならないほどの嘘と誇張にまみれた下世話なものであったのは言うまでもありません。
その事実は1日と経たずに、当店で働く全風俗嬢の間に知れ渡り、彼女たちは深く傷つき、次第に怒りの矛先が「誰がこの情報を流したのか」という点に集中していきました。
H嬢の真面目な姿勢は、全て取材の為だったのか?
犯人探しが過熱する中で、あいにく誌面には記者の名前が書かれていませんでした。
そこで、私は即座に犯人探しを止めるように説得に掛かりました。
その訳は、既に私が犯人が誰であるか予想が付いていたからに他なりません。
それに、当店のような片田舎にある風俗店であれば、すぐにこの話題も忘れ去られるだろうことも予想されましたし、一番大事な常連客も概ね同情的な反応だった為に、汚いマスコミの世界と関わり合うよりも、一日も早く日常の「癒し」を提供するお店へと戻りたかったからです。
幸いなことに、私の希望通りに一か月ほどで話題も薄れ、最近では笑い話にする余裕も生まれてきました。
そんな中、甘いと思われるかもしれませんが、未だに私はあの記事を書いたのがH嬢であったのか確信が持てていません。
何よりも短い時間とはいえ、彼女も当店を支えてくれた愛すべき従業員の一人であったことは変わらないのですから。
誌面には私の禿げ頭まで写っていたので、それなりに近距離で相対した人物であることに間違いはありません。
それでも私はこれからもH嬢が犯人であったと認めることは出来ないでしょう。
何故なら当店の信念は「癒しの提供」であります。
そのお店の長である私がいつまでも心を波立たせていては、いったいどうして、お店で働く女性たちが心穏やかに癒しのサービスを提供することが出来るでしょうか。
私がすべきことは事実の追及なんかではなく、身近で一緒に働いてくれる女性たちを精一杯支えることが全てなのですから。
求人担当としてリスクヘッジを怠った罰
それでもH嬢には、本当にたくさんのことを学ばせてもらったと痛感します。
求人広告に対する考え方に始まり、改めて風俗嬢との信頼関係についても学びましたし、今でも数多くの風俗嬢の中で、一番印象に残っている女性であることに変わりはありません。
風俗業界とは「去る者は追わない」が常識ではありますが、私にとって手放したくないと感じた人材は彼女が初めてでした。
それほどに働く姿勢は真面目で、向上心がありました。
むしろ、ひたむき過ぎたほどです。
そんな姿にほだされて、いつしか私はH嬢を信頼していたのではなく、疑うことを放棄してしまったのだと思います。
フロイトによる分析では、「男は夢見がち」で「女はリアリスト」だと言われています。
例え相手が女王様やお姫様のような高嶺の花であっても、男性にとっては「一夜の過ち」さえあれば、己の遺伝子を優れた環境に送り付けることが出来るからです。
反対に女性は、いくら見た目がイケメンであっても、その遺伝子を十月十日も自分の身体で育んでいかなければならない訳ですから、その判断も慎重になります。
そして、私はまさに夢を見てしまったのです。
勉強熱心で美人な女性が手の内に入ったことで、事業を拡大するチャンスだという妄想に駆られ、相手の目的を見誤ってしまったのですから。
この一連の騒動は、店長としてよりも前に、当店の求人担当としてリスクヘッジを怠ったことにより起きてしまったという、私への罰として受け止めているのです。